『貴族の階段』の俳句の元ネタ

1月 1, 2026 - 読み終える時間: 3 分
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tags - 武田泰淳

武田泰淳関連の論文を眺めていたところ、『貴族の階段』に登場する句の出典を見かけました。


目次

『貴族の階段』の句

『貴族の階段』には句会の場面が登場します。
いくつかの句が詠まれますが、その中でもトコロテンの句は迷句?として非常に印象に残ります。

徳川さんが「ブランコはトコロテンよりよく揺れる」という迷句を発表して、座を騒がせている。
「ブランコは季語でしょうか、どうでしょう」
「支那語では鞦韆(しゅうせん)ですね。春の季に入りますかね」
これは、満鉄夫人だった。
「トコロテンは春の季かしら」
「夏でしょうが」
「やはり春じゃないの」
「これは無季俳句じゃない?」
「そうよ。ムキになった句ですもの」
「コンニャクはトコロテンよりよく揺れる、ではどうでしょうか」
「ダメです、ダメです。コンニャクとトコロテンでは附きすぎてます。エヘン」

『武田泰淳全集 第六巻』p.243

また、他には以下のような句が登場します。

  • 戦塵を遠くはなれて春の池
  • 菓子たべて、やや喜びし春の猿
  • 春去りて、春の手紙を読みかえす
  • 春の馬場、蹄を知らぬ、落葉かな

トコロテンの句については出典を見つけたので紹介していきます。
また、その他の句についても元ネタと思われるものがあったため、こちらについても確認していきます。

トコロテンの句の出典

以下の論文で武田泰淳編集の『艸屋』という俳句雑誌が紹介されています。

木田隆文『武田泰淳と俳句雑誌『艸屋』の周辺 : 附、「『艸屋』細目」および「武田泰淳(沙通)『艸屋』掲載俳句一覧」』
CiNii : https://cir.nii.ac.jp/crid/1050019302703488256
直リンク : https://opac.ryukoku.ac.jp/iwjs0005opc/bdyview.do?bodyid=BD00003542&elmid=Body&fname=KJ00004859772.pdf

内容としては、昭和十二年に創刊された『艸屋』という同人俳句雑誌の編集に泰淳が携わっていたこと、もともとは泰淳の親族中心の内輪向け雑誌だったものが途中から外部の投稿も受け付けるようになったこと、泰淳自身の俳句も掲載されていたことなどが紹介されています。

上記論文では特に言及されていないですが、論文内で引用されている『ブランコとトコロテン』という句に『貴族の階段』の句会で登場したものとまったく同じ句が現れています。

トコロテンの店にふくれしトコロテン
ブランコを落ちて子供は白眼する
ウドン喰ひて顔丸くなる櫻の夜
春雷にヒョットコ面は黄色にて
テント垂れてテント落ちたり古櫻
空中に花浮く園の鼠の子
ブランコはトコロテンよりよく揺れる

一番最後の句がそのまま『貴族の階段』で利用されています。

昭和十二年五月発行の雑誌に掲載された俳句が、昭和三十四年に連載された小説で使われているということで、よっぽどこの句が気に入っていたのか、それとも小説を描くにあたってたまたま過去の雑誌を引っ張り出してきたのか。『貴族の階段』の描写を見る限りでは名句(迷句)として自信を持っていたようにも思えます。

菓子食べて、やや喜びし春の猿

「菓子たべて……」
「あれ、どなたの句かしら」
「まだわかりませんよ。だって、みんな食べてるもの」
「菓子たべて、やや喜びし春の猿」
「うわあっ、すごい」
興が乗ってくると、のけぞったり起ち上ったりして、みなさんの顔が紅潮してくる。亭はかなり高い床の上に乗っているので、つつじの丘から、ほてりをさます風が吹き入った。
「これは、風刺でしょうか」
「ハルのサルと、ルが二つ続いているところが怪しいわね」

『武田泰淳全集 第六巻』pp.243-244

上記の猿の俳句そのものは見つかりませんでしたが、似た俳句は先ほどの論文に掲載されています。第二号所収の『冬の象』というのがそれです。

菓子喰ひてやゝ喜びし冬の象
冬象の尿に見る人すぐ去りぬ
狼の待屈なるか横眼する
獅子の兒の一つは弱し冬の晝
アラヒグマゆたかなる毛あり満ち足らぬ
馬類のみな南むく柵ありぬ
大山羊の嚔に子山羊おどろきぬ

「冬の象」が「春の猿」に置き換えられることで一気に皮肉っぽくなっていますね。
原典にあたれないため「待屈」というのが誤字なのか、原文からそうなっているのかは判断が付きませんでした。
ちなみに「」は「くさめ」「くしゃみ」と読みます。

以下の句についても元ネタがあるのか、それとも『貴族の階段』のために書き下ろしたのかはわかりませんが、何か情報があれば更新していこうかと思います。

  • 戦塵を遠くはなれて春の池
  • 春去りて、春の手紙を読みかえす
  • 春の馬場、蹄を知らぬ、落葉かな

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